日記

葬儀手伝い簡素化進む|自宅葬の土葬から葬祭場火葬

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暖冬とは言え、例年通りの寒さが急にやってくる春先ですので、寒暖の差に体調を崩される高齢者は多いのではないでしょうか。

自治会の班内でも最近高齢者が亡くなられ、班を上げてお手伝いと思い、亡くなられた方のお宅に行き焼香をし、慣例通りの打合せをしようとしましたが、一切の手伝いは不要と喪主が仰るためそれに従い、今回は葬儀の手伝いはなくなりました。

葬儀手伝い簡の昨今

30年ほど前までは、自治会の班、昔は組と言いましたね。隣組からの名残ですかね。班内で亡くなられた方がおられると葬儀を班長が葬儀委員長として自宅葬を執り行いました。今では考えられないと思いますがその頃は土葬でした。

土葬のため墓穴堀りや受付、振る舞い料理、必要品の買い出しなど一切を執り行いました。

20年ほど前からは、同じく班長が葬儀委員長として執り行いましたが、その頃から土葬も含め自宅葬はやめ、葬祭場を利用するようになりました。受付とお茶出しなどの接待くらいになりました。

最近、亡くなられた方から班の出番は一切なく、葬祭場で一切行ってもらうようになりました。

簡素化は、施主にとっても班員にとっても良いことだと思います。

30年ほど前までの葬儀

亡くなられた方のご自宅に班員二人ずつ集まり、急死の場合は見舞いを出してないため見舞いと書いて故人の枕元に納めます。それにしても赤いのし袋は、とても違和感がありますね。

それからお線香をあげて葬儀の段取りをします。役割分担を決めるのが重要です。

役割分担は、輪番制なのでいずれは順番が回ってきますが、なかでも一番の大役は、四人選出の床取り、土葬ですので墓穴を掘るのです。
先祖代々の墓に穴を掘ると当然ながら遺骨が出土します。短い期間に掘ると・・・生々しいので表現は控えます。
僕はこの大役を四回ほど順番が来て、墓穴を掘りました。
葬儀当日の朝八時ごろからスコップとのこぎりを持ち四人揃って当家の墓に行き、穴を掘りますが、高齢者がおられると当然若い世代が穴を掘るため一人か二人で掘ることになります。
山の中ですと、木の根がはびこりスコップだけでは掘れません。そこでのこぎりの出番となります。
穴の深さは、周りの地盤から約一メートル掘ります。

二時間ほどで堀終わり、当家に戻り日本酒一升を四人で飲んで清めます。

出棺になり棺を棺台に乗せ、墓まで近ければ四人で担いで運びます。しかし、割と距離がある場合は、リヤカーに乗せて引いて運びます。

受付役も苦労します。買いものなどの経費の精算、香典の集計と記帳、時々合計と現金が合わないときがあり苦労する。
大体が、寒い時期になる確率が多いため、納屋などの軒下に受付を作るため風通しが良くて寒さが身にしみました。

その頃は、無料奉仕ではなく当家のご親戚の方たちが班内に数十万円程度の金額を寄付していただけるので均等割りで分けます。

女性たちはもっと大変です。葬儀の当日は、当家の家人並びにご親戚、班員の食事の用意、しかも朝食からです。
当然ですが班の方たちも自宅で食べないで当家で食べます。

男性達は三日間ですが、女性達は四日間で出ます。
女性達の4日目は葬儀の翌日に、食器類の後片付けと清掃などが最後に残ります。

20年ほど前までの葬儀

この頃から、自宅葬は止めて葬祭場を利用するようになりました。

班員二人ずつ当家に集まるのは同じです。

土葬は止めて火葬になりだしましたが、男性たちは、床取りの四人を決めます。
形式的で棺を担ぐこともしませんし手を添える程度です。

残りの男性で、受付に入ります。香典の集計をせず金額だけを確認して、のし袋のまま喪主に渡して終わりです。

女性たちは、お茶出しなどの接待をしますが暇をもてあします。

その頃から、以前からの習慣だったご親戚からの寄付金を辞退してボランティアにしました。
時代の流れに合わせて無料奉仕をするのは古い習わしを続けて来た地区において斬新だったです。

最近の葬儀

当家の方が、受付やお茶出しの接待は葬儀場に依頼しました。

要するに、班としての葬儀の手伝いは、一切無くなり一般の参列者と同じになりました。

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